大胸筋の代表的トレーニング種目であるベンチプレスでは肩の痛みが発生する(または肩にばかり効いてしまう)ケースが少なくありません。
その原因(間違ったフォーム)と改善策(正しいフォーム)について解説するとともに、痛みが発生しづらい最新の「斜め上げフォーム」をご紹介します。
肩関節の構造と周辺の筋肉
まずはじめに、肩関節の構造について簡単に解説します。
狭義の肩関節(第一肩関節・第二肩関節)を構成する骨
一般的に肩関節と言えば、肩甲骨と上腕骨の接合部分である第一肩関節(肩甲上腕関節)のことを指し、これに加えて肩峰~烏口突起間にある烏口肩峰靭帯と上腕骨の間隙である第二肩関節を含める場合もあります。
肩関節(けんかんせつ)は、肩にある関節。一般的には肩甲上腕関節(第一肩関節)の事を指し(肩甲骨と上腕骨をつなぐ間の部分で、肩甲骨の関節窩と上腕骨頭で形成された関節部分)、これを狭義の肩関節という。
広義の肩関節(肩甲胸郭関節・肩鎖関節・胸鎖関節)を構成する骨
このほかに、広義の肩関節に含められるものには、胸骨と鎖骨の接合部分である胸鎖関節、肩甲骨と鎖骨の接合部分である肩鎖関節、胸郭と肩甲骨の間隙である肩甲胸郭関節があります。
広義の肩関節は、肩甲骨、上腕骨、鎖骨、胸骨、胸郭に関連する5つの関節(文献によっては、肩甲上腕関節・肩鎖関節・胸鎖関節の3つの場合もある)で構成されており、肩複合体と呼ばれることもある。
肩関節を構成する筋肉と周辺の筋肉
肩関節を構成する筋肉には、ローテーターカフ(回旋筋腱板|棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋)・大円筋・鎖骨下筋・烏口腕筋などがあります。また、周辺の筋肉として三角筋・肩甲挙筋・板状筋・上腕三頭筋・上腕二頭筋があります。
ベンチプレスで肩が痛くなる原因
ベンチプレスで肩が痛くなってしまう原因は、具体的に言えば「肩関節・肩周辺インナーマッスルまたは筋腱に不自然な負荷がかかっている」ことです。
そして、それは間違ったフォームまたは動作軌道によって引き起こされています。次の項目からは、具体的な原因と改善方法をご紹介していきます。
①肩甲骨を寄せていない
ベンチプレスで肩を痛めてしまうケースの多くが、「肩甲骨をしっかりと寄せていないフォーム」に起因しています。
肩甲骨を寄せていない状態でベンチプレスを行うと、いわゆる広義の肩関節(胸鎖関節・肩鎖関節・肩甲胸郭関節)が前方に突き出したままで動作を行うことになります。そして、その結果、狭義の肩関節(第一肩関節・第二肩関節)に過剰な負荷が加わってしまいます。
肩関節周辺を支える筋肉には、アウターマッスルの三角筋、インナーマッスルの回旋筋腱板(棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋)と大円筋などがありますが、これらはいずれも、ベンチプレスの主働筋である大胸筋に比べると「小さく弱い筋肉」です。
ですので、「大きく強い筋肉」である大胸筋を鍛えるために設定した負荷重量がこれら「小さく弱い筋肉」にかかってしまうと、痛めてしまうのは当然です。
これを防ぐために重要なのが「肩甲骨を寄せたまま動作を行う」ことで、上図のように、まずは肩甲骨を寄せるイメージトレーニングを行うことを推奨します。
そして、実際にベンチプレスを実施する時には、肩甲骨をこの図の矢印のように寄せる意識をし、全ての肩関節を引いておくことが大切です。
なお、肩甲骨を寄せるのが苦手な方は、姿勢ベルト(スパインサポーター)などを装着してベンチプレスを行うのも一つの方法です。
②グリップ方向が合っていない
この写真は一般的なベンチプレスのグリップ方法で手とシャフトがほぼ平行になっています。人によっては問題ない場合もありますが、関節の向きと筋肉のつき方には個人差がありますので、このようなグリップが合っていない場合は肩に痛みが発生するケースもあります。
この写真のグリップは、いわゆる「八の字グリップ」と呼ばれるグリップ方法で、シャフトに対して手がやや斜めになるのが特徴です。
前述の通常グリップが合わない人に有効です。
③挙上軌道が不自然
垂直挙げは過去の理論で肩にも負担が大きい
ベンチプレスのクラシカルな、はっきりと言えば古い理論では、前腕を床と垂直に保ってグリップ・手首・前腕骨・肘が一直線になる状態をキープしたまま挙上するのが正しいとされてきました。
人間工学に基づいた斜め挙げは肩にも負担が少ない
しかしながら、ベンチプレスを専門とするパワーリフティング競技界では、前述の「垂直挙げ理論」はすでに否定されており、人間工学に基づいた「斜め挙げ」がもっとも効率的で、なおかつ肩に対する負担も少ないとされています。
実際、この斜め軌道理論が普及してから、ベンチプレスの挙上記録は日本記録も世界記録も大幅に伸びており、それらの記録のほとんどは斜め挙げにより試技されています。
上の写真は、2022年のIPF世界マスターズベンチプレス選手権で日本人として優勝した、株式会社ONI社長の奥谷氏による実演で、この斜め挙げ軌道のためには屈強な専用リストラップが必要になります。
斜め挙げの用リストラップ
IPF公認リストラップ
高重量ベンチ専用リストラップ
リストラップの比較考察記事
④深く下ろしすぎている
トレーニングの上級者やトレーナーは「ベンチプレスは胸まで下ろすように」言いますが、実際、フォームができていない初心者にはもちろん、「大胸筋に効かせられれば良いトレーニー」にとっては、これは必要ありません。
ベンチプレスを深く下ろしたときに負荷がかかる(効く)部位は大胸筋外側ですが、これらは肩関節に負担の少ない他の種目(フライ系種目)で効かせれば問題ありません。
ですので、このような目的でベンチプレスを行うのであれば、上の写真程度の下ろし方でも問題ないと言えるでしょう。
ベンチプレスを深く下ろしすぎないために便利なグッズが、こちらのようなベンチプレスブロックで、当サイトが取り扱っているLARA★STAR製のものは4種類の取り付けスリットを選ぶことで、それぞれボトムから18cm・16cm・12cm・7cmの高さでバーベルを止めることができます。
肩を痛めないベンチプレスの方法
こちらが模範的な肩甲骨の寄せ方とブリッジの組み方の動画です。
フォームの作り方は人により異なりますが、まずグリップを決め、肩甲骨をロックし、臀部と足位置を決めてブリッジを完成するのが一般的です。
肩が痛い時のベンチプレスの方法
気をつけていても、日々のトレーニングのなかで肩を痛めてしまうこともあります。ベストは治るまでベンチプレスを行わないことですが、筋力・筋量の衰えが心配ですよね。
肩・三角筋にはグリップが広ければ広いほど負荷が強くかかります。肩を痛め気味の時は無理をせず、上の動画のようにナローグリップ気味のベンチプレスを行うとよいでしょう。
また、トライセプスバーを使ってパラレルグリップでベンチプレスを行うと、肩の痛みを感じないことも少なくありません。
※いずれの方法も軽めで、ゆっくりと効かせ、肘を張らないのがポイントですが、痛みのある場合は中止してください。
最後にご紹介するのが、トライセプスバーの進化バージョンであるメガトライセプスバーを使用したトレーニング動画です。メガトライセプスバーは多様な角度でグリッピングが可能なため、より多様に各筋肉に対して刺激を変化させることが可能になります。
ベンチプレスのためのローテーターカフの鍛え方
ベンチプレスで肩を痛めてしまう原因として、肩甲骨ロックの甘さのほかに、挙上動作中の腕部のブレ(主に頭方向への傾き)があります。
これを防ぐためには、肩甲骨周辺のインナーマッスルであるローテーターカフ(棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋)を鍛えるのが効果的です。
棘上筋・棘下筋・小円筋のトレーニング方法
ローテーターカフのうち棘上筋・棘下筋・小円筋は肩甲骨背面に位置しており、同一の動作で同時に鍛えることができます。
上の二つの動画が棘上筋・棘下筋・小円筋を鍛えるために最適なエクスターナルローテーションです。反動を使うと刺激がアウターマッスルに逃げてしまうので注意してください。
肩甲下筋のトレーニング方法
ローテーターカフのなかで唯一肩甲骨前面に位置する筋肉が肩甲下筋です。
肩甲下筋を鍛えるためには、先のエクスターナルローテーションの拮抗動作であるインターナルローテーションが最適です。こちらも反動を使わないように気をつけてください。
ベンチプレス世界ランカーの記事
下記の記事は、当サイトGLINTに客員執筆いただいている、パワーリフティング選手で世界ランカーでもある奥谷元哉選手によるベンチプレス専門記事です。
【ベンチプレス100kgを挙げるやり方】フォームとメニューの組み方を元全日本王者が解説
【戦歴】
2009年全日本パワーリフティング選手権大会75kg級大会優勝
2011年全日本パワーリフティング選手権大会74kg級優勝
2011日本ベンチプレス選手権大会74kg級3位
2011年世界パワーリフティング選手権大会ベンチプレス種目別74kg級2位
2012年アジアパワーリフティング選手権大会ベンチプレス種目別74kg級1位
2014日本ベンチプレス選手権大会74kg級3位
2015年全日本ベンチプレス選手権大会74kg級3位
2017年全日本パワーリフティング選手権大会74kg級3位
2018年全日本ベンチプレス選手権大会74kg級3位